【本文】
ホーム > かちがわ薬局の歴史

かちがわ薬局のルーツは、松浦定次郎の父親(金右衛門)が、安政2年(1855)から近隣の成約業者に頼まれ、漢方の各種薬草を委託栽培(専門家の管理下で) をしていた事から始まる 。父親のもとで漢方薬草の栽培に従事していた定次郎は、ただ単に漢方薬草の委託栽培に飽き足らず、自家栽培の薬草を直販する”薬舗”を開業したかった。
しかし、明治19年に日本医療法が公布され、薬剤師の資格がなければ薬種販売商として調剤、売薬が 認められなくなった。 それを知った定次郎は、それまで父親に薬草の栽培を指導していた専門家に相談し、専門学校に入学、資格を取得した。そして夢が叶い明治21年”松浦薬舗”を開業。
その後、現在まで100年余り、この道一筋に本業第一という歴代店主が頑なに守り通した理念を受け継いでいる。
| 安政2年(1855年) | 松浦薬屋として創立 店主 松浦金右衛門 |
| 明治21年5月 | 店主 松浦定次郎に変更 |
| 明治37年4月 | 店主 松浦壽ヾに変更 |
| 明治41年5月 | 店主 松浦千代女に変更 |
| 大正10年6月 | 勝川薬局と改名 店主 松浦錬一 |
| 大正11年4月 | 勝川幼稚園創設 |
| 昭和4年4月 | 松浦写真館併設 |
| 昭和7年3月 | 勝川幼稚園譲渡 |
| 昭和8年4月 | 名古屋池下町に月見幼稚園開園 |
| 昭和8年5月 | 松浦写真館廃止 |
| 店主 松浦文江に変更 | |
| 昭和21年9月 | 店主 松浦千代女に変更 |
| 昭和25年3月 | 名古屋池下町月見幼稚園閉鎖 |
| 昭和32年7月 | 合資会社 勝川薬局と改名 代表取締役 松浦玲子 |
| 昭和41年10月 | 代表取締役 松浦清就任 |
| 昭和43年5月 | 高蔵寺ニュータウン藤山台薬局支店を開局 |
| 昭和48年3月 | 高蔵寺ニュータウン高蔵寺薬局第2支店を開局 |
| 現在に至る | |